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@ おとぎの世界から
フレンステッド・モビール社のパンフレットから、モビール工房のご案内です。
 アンデルセンの故郷フュン島で、時代の流れに取り残されたようにひっそりと息づく “おとぎの世界”。それがフレンステッド・モビールの拠点「フレデリクス・ミーネ」です。


 モビールはデンマークに古くから伝わる伝統工芸です。これを現代的なデザインへと発展させたのが、クリスチャン・フレンステッドとグレーテ・フレンステッドの夫妻でした。二人が1954年に発表した第1号のモビール「幸せのコウノトリ」は大ヒットとなり、今では世界中でその翼をはばたかせています。クリスチャン・フレンステッドは大人の遊び心をくすぐる、動く装飾品のクリエイターとして、その名を広く知られるようになりました。
 1982年からは息子のオーレ・フレンステッドとその妻オーサが引き継いで、“空間研究所” と銘打った仕事場から、斬新かつ独創的なモビールを次々と発表しています。



 フレンステッドのモビールすべてに共通することは、時代に左右されない、という点です。デザインのテーマは実に様々で、鳥や魚やゾウなどあらゆる形が映し出されます。中でもゾウは、フレンステッド・モビールのシンボルとなりました。フレデリクス・ミーネの屋根にはカラフルなゾウが列をなし、最大のモビール作品「アエリス・エレファンティ」では気球の周りに12頭のゾウが飛んでいます。


 動物のデザインと対極的なのが抽象デザイン。モーツァルトの交響曲をモビールで表現してしまうのはオーレ・フレンステッドだけです。モビールは、バランス・リズム・動きからなるという点で、音楽にとてもよく似ているかも知れません。美しい動きを作り出すには、一点の狂いもないバランスが求められます。フレンステッド・モビールは、熟練した職人の手でひとつひとつ丹念に作られ、完璧なまでのバランスを生み出しています。


 フレンステッドのモビールは生活のあらゆる場面でうるおいを与えます。水を打ったように静かな部屋でも、ごく僅かな空気の流れがあれば、モビールはそれに敏感に反応します。美しい音楽の調べに身をまかせるように、モビールの繊細な動きをゆったりと目で追ってみてください。日ごろのストレスが徐々にほどけていくのが分かるはずです。カタログをご覧になって、モビールが心と体のリラックスにどのように役立つのかお確かめください。













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A 創業60年の老舗
北欧の名門モビールメーカー「Flensted Mobiles Ltd.」の企業沿革です。
 フレンステッド・モビールは、設立から60年以上にもなる、“老舗” のモビールメーカーです。

 創業は1954年6月17日、デンマーク北部のオールボーという町でのこと。その前年、クリスチャン・フレンステッドは、生まれたばかりの娘メッテのベッドに、わらと紙で制作したコウノトリのモビールを飾りました。これが家族や友人の間で好評だったことから、ほかにも作って販売することに決めたのです。こうしてフレンステッド・モビールが誕生しました。

 一家は1956年に、童話作家アンデルセンの故郷でもあるフュン島に移り住みました。クリスチャンと妻のグレーテは、「コウノトリの巣」と呼ばれる家で、子供たちと一緒に過ごしたり野菜を育てたりしていましたが、やがてモビール作りで大きな成功を収めるようになりました。右下の写真は、お気に入りのドーナツ型机で作業をしているクリスチャンの姿です。

 フレンステッド社は、1972年に現在の社屋「フレデリクス・ミーネ」に移転し、今や世界最大のモビールメーカーにまで成長しています。


フレンステッド・モビールの歩み
1954年 ユラン半島北部のオールボーで創業。
1956年 フュン島中部のトメロプへ移転。会社設立。
1965年 「魚の群れ」発売。
1972年 フュン島北部のブラネロプへ移転。
1976年 「なかよしゾウさん」発売。
1979年 「3つの気球」「5つの気球」発売。
1982年 オーレ・フレンステッドが新社長に就任。「クリスマスツリー6」発売。
1994年 前社長クリスチャン・フレンステッド死去。
1997年 公式ホームページ開設。
2003年 フレンステッド社長夫妻、初訪日。
2004年 創業50周年を盛大に祝う。
2006年 新シリーズ「クリック・ア・モビール」発売。
2010年 経済危機の中、前年比30%増の躍進。全世界で25万個の年間売上を記録。
2012年 発売35周年を記念して「トロール・イヤー」と銘打つ。
2014年 創業60周年を迎える。
2015年 社史の本を出版。
2017年 クリスティーン・フレンステッドが会社を引き継ぐ。
 フレンステッド家の先祖クヌートは、自身が経営する「フレンステッド出版社」からアンデルセンの全著作を出版した人物でした。
 そんなつながりもあってか、先々代のクリスチャンは1980年代に、この郷土の偉人が遺した数々の切絵をもとにモビールを制作しました。アンデルセンは切絵の名手としても知られており、どこへ行くにも大きなハサミを携えて、子供たちに囲まれながら素早くシルエットを切り出したといいます。
 これらの切絵モビールは、アンデルセン生誕200年記念の2005年を迎えるにあたり、先代のオーレ・フレンステッドによって復刻されました。
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B ご愛顧を頂いて
皆様からご愛顧を頂くフレンステッド・モビール。その実績の一端をお伝えします。
 フレンステッド・モビール社の製品は、すべてデンマーク国内で生産され、そのうちの95%が世界に向けて輸出されています。下欄に表示のとおり、フレンステッド社のモビールは、広く国際的に人気を博しています。中でも最大の売上を誇るのが日本で、2番目がアメリカです。日本での販売は、2000年代に入ってから急速に伸びてきました。近年では、東欧に世界初となる完全専門店ができるなど、より人気の広がりを見せています。
[フレンステッド製品の取扱国・地域]
アイスランド
アイルランド
アメリカ
アルゼンチン
イギリス
イスラエル
イタリア
インド
ウクライナ
エストニア
オーストラリア
オーストリア
オランダ
カザフスタン
カナダ
韓国
ギリシャ
クウェート
クロアチア
コロンビア
シンガポール
スイス
スウェーデン
スペイン
スロバキア
タイ
台湾
チェコ
中国
チリ
デンマーク
ドイツ
トルコ
日本
ニュージーランド
ノルウェー
フィリピン
フィンランド
ブラジル
フランス
ブルネイ
ベラルーシ
ベルギー
ポーランド
ポルトガル
香港
マレーシア
南アフリカ
メキシコ
ラトビア
リトアニア
ルーマニア
ルクセンブルク
ロシア

 フレンステッド・モビール社は、長年にわたり世界の著名な企業や団体からも高い信頼を得ており、たびたび特注品の依頼やタイアップの申し出を受けています。たとえば、レストラン・ガイドで知られるミシュラン社の創立100年記念品「ミシュラン・モビール」を担当したのはフレンステッド社ですし、新OSの発売にあたってマイクロソフト社から「ウィンドウズ・モビール」の製作を委託されたこともあります。また、ニューヨークのグッゲンハイム美術館、ホイットニー美術館、ニューヨーク近代美術館や、ドイツのバウハウス博物館などとの提携によって、数々のモビールが製品化されるに至りました。

 商業主義に走ることを厭うフレンステッド社ではキャラクター物を避けていて、ディズニー社等から大量生産の打診が来ても辞退するほどですが、例外と言えるのが、北欧の静かな谷に住まうムーミンです。世代を超えて愛されているこの素朴なキャラクターの版権元とタイアップして、「ムーミン・モビール」を完成させました。

 このほかにも、フレンステッドのモビールは、ハリウッド映画に何度も登場したことがあります。1966年の作品『バージニア・ウルフなんかこわくない』の中で、エリザベス・テイラーの寝室に「流れるリズム」が飾られていたのが初出演です。また、数え切れないほど多くのテレビドラマやコマーシャルで使われたり、有名人に愛用され、頻繁にメディアで紹介されるなど、各方面から定評を得ています。

 そして何より、モビールの生みの親であるアレクサンダー・カルダーその人が、フレンステッド社製のモビールをプレゼントとして知人に贈っていたという事実。これこそ、フレンステッド製品に対する確かな評価の現れではないでしょうか。
【商品番号が物語る歴史】
 ご参考までに、フレンステッド・モビールの変遷を知る手がかりとして、“商品番号”についてご案内します。基本的には、製品化された順番に数字が振られています。第一作の「幸せのコウノトリ」が1番で、最新作の「浮雲」が158番です。

 そのほかに変則的な飛び番もあって、委託で作られたものが400番台に、アンデルセンの切り絵シリーズが600番台に、組み立て式 "Click-A-Mobile"のシリーズが30000番台に割り当てられています。色や大きさ等の異なるバージョンがあれば、数字のあとにアルファベットを付けて区別します。

 1番から153番まではモビールのできた順に番号が振ってある、ということは、商品番号を見ればおおまかな発売時期がお分かりになるわけです。発売年代と商品番号の対応は次の通りです(一部推測を含む)。

1950年代……1番〜15番
1960年代……16番〜50番
1970年代……51番〜79番
1980年代……80番〜110番
1990年代……111番〜134番
2000年代……135番〜149番
2010年代……150番〜

 お手持ちのフレンステッド・モビールの商品番号をご覧になってみて、もし若い番号ならば、いかに長く愛されてきた製品なのかお分かりいただけると思います。


「Flensted Mobiles」というブランド名は、原音をカタカナ表記すると、「フレンステッド・モバイルズ」ないしは「フレンステッド・モビールズ」になります。しかし、当サイトでは、日本語としての親しみやすさを考慮して、単なる原語表記ではなく、普通名詞を使った「フレンステッド・モビール」という訳語を採用しています。
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C デンマークのこと
フレンステッド・モビールを生んだデンマークという国について、簡単にご紹介します。

 デンマークって、どこ? 
 デンマークは北欧の国のひとつです。北欧というのは、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランドの5か国のことです。
 このうち、デンマークとスウェーデンとノルウェーは、スカンジナビア諸国と言って、文化的に近い関係にあります。フィンランドは、どちらかというとロシアと深いつながりがあります。アイスランドは、かつてはデンマーク領でしたが1944年に独立しました。北欧の国々のうち、国土面積が日本より広いのはスウェーデンのみで、デンマークは九州よりやや大きいくらいです。
 デンマークは、この北欧地域全体と密接に結びついている一方、地理上はヨーロッパ大陸に連なっています。ドイツの北に突き出たユトランド半島の一部と、周辺の大小合わせて406の島々からなる国、それがデンマークです。
 ユトランド(ユラン)半島は、もともと全域がデンマーク領だったのですが、19世紀にドイツとの戦争に敗れ、半島南部を割譲することになりました。周辺の島々のうち居住者がいるのはおよそ80の島で、中でも主要なのが、首都コペンハーゲンのあるシェラン島と、アンデルセンの出身地オーデンセのあるフュン島です。

 「天の山」 
 地形はきわめて平坦で、最高地点のイディング・スコウホイでさえ、海抜173mしかありません。標高147mの山にも 「天の山」という名が付けられているほどです。もっとも、平坦と言っても、ゆるやかな起伏がここかしこに存在します。手つかずの土地はほとんどなく、至るところが人の手によって開拓されています。
 デンマーク本土は、北国でありながらも適度な気温に恵まれています。夏場は涼しく、冬も大雪になるというほどではありません。高緯度に位置するため、冬の時期は昼間が短く、薄暗い日々が続きます。逆に夏は陽射しも強く、日照時間も長くなりますが、他の北欧のような白夜は見られません。

 サンタクロースの故郷 
 本土のほかに、フェロー諸島とグリーンランドという自治領もデンマークに属しています。両方ともかつてはノルウェーの領土でしたが、14世紀の同盟により、アイスランドとともにデンマークの統治下に入りました。フェロー諸島はイギリスの北方にあり、18の島々からなります。グリーンランドは日本の何倍もある世界最大の島で、カナダの北東に位置しています。
 グリーンランドではオーロラも観測され、晴れた闇夜には光のカーテンのゆらめきを堪能できます。グリーンランドは、大部分が氷河におおわれた白い大地であり、西海岸を除けば緑の植物はほとんど見られません。では何故に「グリーンランド」と呼ばれるのでしょうか? 10世紀、無法者のバイキング “赤毛のエイリーク” は、この新天地に「緑の大地」という魅力ある名前をつけ、開拓者たちの関心を引こうとしたのだそうです。
 ところで、サンタクロースは、トナカイや妖精たちと一緒に、美しく大きな島グリーンランドに住んでいるといいます。現在、多くのクリスマスツリーがデンマークで育てられ、国外に輸出されています。もしクリスマスツリーの下にプレゼントが置いてあったら、それはグリーンランドのサンタさんからの贈り物かも知れません。

 現代のおとぎの国 
 ある国際統計によると、デンマークは「暮らしやすい国」の第1位だそうです。別の研究結果でも、「幸せな国」ランキングの首位になりました。同様の調査はこれまでに何度も行われていますが、たいていはデンマークがトップに来ています。
 デンマークはすぐれた福祉国家として知られています。デンマークでは誰もが原則として無料で病気の治療を受けられます。入院するにも、出産の場合を含めてお金がかかりません。また、学費は大学に至るまで無料で、すべての子供に平等な教育の機会が与えられています。高齢者福祉や年金制度も充実していますし、失業手当や低所得者への住宅手当など、様々な助成金制度も整っています。このように、国民一人一人が社会の恩恵を享受できるようにするという、福祉国家の理念に基づいて国づくりがなされているのです。



 伝説の国旗ダネブロー 
 デンマークの人は何故か国旗が大好きです。自宅の庭にポールをそなえている人も多く、何かと機会を見つけては、赤に白十字のダネブローを風になびかせています。なんでもこの国旗、かつて天から舞い下りてきたとか。1219年、遠征中のヴァルデマー2世のもとに天から旗が降ってきて、それを手に王は戦いに勝利したと伝わっています。デンマーク人はこの国旗をこよなく愛し、誇りに思っています。誕生日ケーキにも小旗を立てますし、サッカーの応援で顔に国旗をペイントしたのはデンマーク人が最初だと言われます。でも、こうした熱狂がナショナリズムにつながらないのも、いかにも平穏でデンマークらしいところです。

[出典: デンマーク外務省関連サイトなど]

コラム : デンマークのモビール事情

 その昔、デンマークでは、娯楽や家内工業としてモビール作りが盛んに行われていました。素材には紙切れ・わら・糸などが用いられ、きわめて美しい多種多様なモビールが作られました。当時のモビールは、すばらしいまでに対称的で釣り合いの取れたものでした。村の女性たちは、ゆりかごのそばにモビールを飾って子供を落ち着かせたり、また収穫のお祝いや魔よけとしても使ったそうです。

 こうした、天井から吊るす飾り物の伝統工芸があったデンマークでは、今日でも家の窓辺に小さなモビールが飾ってあるのをよく見かけます。モビール会社の数もかなりにのぼります。手作りを楽しむ人々も大勢いるようで、専門のデザイン集が出版されるほど、モビールの人気は絶大なのです。

 ところで、デンマークには、モビールにまつわる言い伝えがいくつもあります。その一つに「悪意を抱いた人が部屋に入ると、モビールはぱったり動かなくなる」というのがあります。ですので、モビールは必ずしも絶え間なく動いているというわけではないようです。また、「モビールは泥棒のたぐいを家から遠ざける」とも言われています。どうやらモビールにはお守り効果が期待できそうですね!


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